木村の思いつきコラム
(毎週更新中!)
木村の考え・思っている事を書いたモノです。「何をえらそうに・・・」と思う方もいるかも。。。
第58回 元気ですかー! (20年5月9日)
新緑が目にも眩しく映える季節になってきました。初夏のこの時期、私は好きです。日差しは少し強いけど風は爽やかで、木々の緑が日に日に盛り上がるように濃い緑になっていく様は力強い生命の息吹を感じさせてくれて、なんだかこっちにも元気になれるような気がします。 五月病なんか無縁かな。。。
ただ、日中と夜の寒暖の差が激しいので体調を崩しやすいという季節でもあります。事実私も連休最終日に体調を崩し熱を出してしまいました。遊び疲れと言われそうですが、風邪でもなくただ体が異常だるく熱があるのは少し気になります。誕生日に健康診断をしそびれたので、一度じっくり診てもらいたいと考えています。
自分のことを棚に上げて言うのもなんですが、皆さんはどの程度自分自身の体調管理に気を配っていますか。「何もしてないよ」とか「健康だから大丈夫、大丈夫。」という方も結構いるのではないでしょうか。確かに健康診断などは、指定された検診日に急に仕事が入って行けなかったりで、健康に自信がある人ほど「時間の無駄」と避けているのではないでしょうか。私なんかその最たるものです。(偉そうに言うなって)
健康そうに見えても、心身共に常に緊張感を持って仕事に臨んでいる経営者は、知らず知らずのうちに「勤続疲労」が溜まっているはず。上手にリフレッシュすることはとても大切になります。関与先の社長にどんなに忙しくても必ず2週間一度整体に通っている人がいるのですが、体の調子が全然違うとのこと。そこまでしなくてもいいと思いますが体調管理は重要かつ必要なことです。
「健全な精神は健全な肉体に宿る」と言われています。経営のいいアイデアは体調が良くないと思いつきません。またいつもあそこが痛い、ここが悪いと言っている人に仕事を依頼する人などいないでしょう。いつも元気で明るく健康な人に、人も仕事も集まります。良い経営をするためにも良い体調でいなければなりません。
戦国武将の武田信玄は上洛途中で病に倒れ無念の死を遂げます。もし信玄が健康であったなら、織田信長にとって代わって天下統一をしていたと言われています。毎日毎日が生き残りをかけて戦う経営者を戦国武将と考えれば、それこそ元気で健康でいることこそが、最後に勝ち組になれる秘訣なのかもしれません。
第57回 真の経営戦略 (20年4月26日)
経営者は日々漫然と経営活動を続けているだけでは、会社・事業所の組織をいい方向に導くことはできません。やはり何らかの「経営戦略」を考えて実行に移す必要があります。ただ「そりゃ必要なのは解かっているが、どうやったらいいのかが分からない」という経営者が非常に多いのが現実です。『勝ち組のための経営戦略』とか『10分で解る経営戦略』なんていう名の経営戦略のノウハウ本が常に書店を賑わせているの見れば、いかに経営者が『経営戦略』の策定に四苦八苦しているということがよく分かります。
経営戦略のセミナーを受講することもことつの手段でしょう。いい刺激にはなるはずです。しかし注意しなければならないのは、本やセミナーで勉強する場合でも、あくまでも参考にするしかできないということをです。本やセミナーの内容をそのまま取り入れて実行したところで決してうまくはいきません。また本を読んだりセミナーを受講しただけであたかも経営戦略を策定してしまったかの様の錯覚に陥る人もいますが、非常に危険です。ちょっと古いけどビリーズブートキャンプのビデオを観ただけで、ダイエットに成功した気分になるのと同じこと。やはり経営者自身が経験し気づいたものから策定する経営戦略に勝るモノはないと思います。
そもそも「戦略」とはどういうことでしょうか。辞書では「長期的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方法」とあります。何だかとても難しい。これを策定すると思うと正直私でも気が重くなります。でも「戦略」はもっと簡単に考えればいいのです。漢字で書くと戦略は『戦うことを略す』と書きます。そうです。本当の戦略とは、『戦わないこと』なのです。
どんな戦いでも無傷な戦いはありません。お互い力が拮抗していれば、それこそ死闘になるのでかりに勝ったとしても相当なダメージがあります。ならばできるだけ戦うことは避けた方が賢明です。
経営にしても、「他社が値下げした。負けないようにこちらも値下げする」と他社との戦いに参戦していったらどうなるでしょうか。値下げ合戦になり大幅な利益率の減少で、残るのは赤字だけという結果になりかねません。ではどうしたらいいのか。他社が値下げできないモノを販売すればいいのです。これならば他社は負けることが分かっているので勝負を仕掛けてきません。戦う前に勝負をつけて戦うことを略す。これが真の『経営戦略』なのです。
「いかに他社との戦いに勝つかを考える」のではなく、
『いかに戦わないようにするか。他社が戦いを避ける様な仕組みを構築するか』
かえって難しいことかもしれません。しかしこれを策定し実践することが経営者も最も重要な仕事なのです
第56回 いい営業マン (20年4月18日)
私がクライアントの社長と会談していた時の話です。クライアントの社長が「うちの社員は『いい営業マン』だから困るんだよね。』と話されました。
私が「『いい営業マン』でいいじゃないですか」と言うと、社長は「いやいや、あいつは取引先にとって、都合の『いい営業マン』になっているんだよ」と言われました。
その社員は決して仕事ができない訳でなく、会社のために売上を伸ばそうと頑張っているように思えます。事実彼の売上の数字は悪くはありません。しかし利益率は他の営業マンに比べて低い。どうやら値下げして販売することが多いようなのです。売上を上げるためにはある程度の値引きは必要ですが、やりすぎると利益を圧迫してしまいます。彼は、担当している取引先に「もう少し値引きしてくれたら購入する。」と言われ、売りたいがためにまた断られるのがいやで、値下げ幅を大きくして販売していました。このやり方だとたしかに売上高は増えますが利益は増えないでしょう。また他の取引先がこの話を聞いた時に、「ウチも値引きしてくれよ」ということになって、一律に販売価格を下げることになりかねません。会社としてはあまり有り難くない「売上増」ということになります。
同じモノならできるだけ安く購入したい。こちらのいいように値引きしてくれる営業マンは、取引先にとってホントに都合の『いい営業マン』です。営業マン側の心理として「取引先にイヤな顔はされたくない。値段のことでチクチク嫌みを言われたり、またクレーム処理に追われたりするのは大変だ。なので取引先にはいい顔をしておこう」という思いがあって、値下げしてしまう気持ちも解らなくもありません。しかし会社側としてはどうでしょうか。かりに利益を度外視して値下げ販売などされたしまったら、たまったもんじゃありません。極端な例ですが、1億円の商品を売ったとしてもその商品の販売利益が数万円そこそこだったとしたら営業マンとしては到底失格です。会社を経営する側にとっては、「売上増よりも利益増」なのです。このことをしっかり理解して営業活動ができるかどうか。営業マンの資質が問われるところです。
営業マンとして、「取引先が喜んでくれるなら、自分も嬉しい」と思うのは極々自然な考え方でしょう。ただしこの考えでは、まだまだ不十分です。『取引先が喜んでくれて、会社に利益が増えるなら、自分も嬉しい』という考えで行動できる営業マンこそが、真の『いい営業マン』なのです。
会談の最後で社長が「取引先に、『あんたが言うなら仕方ないね。その金額で買うことにするよ』と言わせる営業マンになってくれるといいんだが・・・」と言っていました。値段ではなく信頼関係で販売できる営業マンは理想ですね。
第55回 経費削減という痛み止め。 (20年4月11日)
原油高や小麦価格の高騰で、物価が上がっています。企業の間で取り引きされる「モノ」の価格の動きを示す先月の企業物価指数は、原材料価格の高騰を受けて上昇幅が一段と拡大し、前の年の同じ月に比べて3.9%の上昇となり、昭和56年以来27年ぶりの高い伸びとなりました。商品・材料等の仕入原価が値上がりすれば、その分を販売価格に転嫁しなければ企業の利益は減少してしまいます。とは言っても得意先や消費者等の顧客のことを考えると、簡単に販売価格を値上げするわけにはいきません。単価を上げられないのなら、売上高=単価×数量なので計画通り売上高や利益を確保するには数量をあげるしかないのですが、中小企業は販売数勝負では大手や大企業にはかないません。中小企業の経営者としては頭の痛いところです。
売上高が伸ばせないのなら、経費削減で利益を確保する。経営者ならば極々当たり前の考えです。人件費や家賃・リース料の固定費や電話電気ガス料金等の経費を見直したり、交際費などもゴルフや飲食の回数を減らすことによって削減する。経費を科目ごとによく検討すると、結構無駄な支出をしていることが分かるケースも少なくありません。
しかし、この『経費削減』ですが、どうやっても売上増が期待できない時期のあくまでも一時的な措置と考えた方がいいでしょう。リストラ等で人件費を抑制し過ぎると、従業員のモチベーションを下げることになり売上増どころか売上減を招いてしまいます。販売費・一般管理費の経費削減は利益確保にはつながりますが、収益性を上げることには寄与しません。収益性の改善には、やはり売上を上げることが必要になります。
私はサッカーでよく捻挫や靱帯損傷をします。(もう年だな・・・)その時は、痛みを和らげるために痛み止めを服用するのですが、これは治療ではありません。痛み止め使用時には痛さを感じなくなるので治ったような錯覚になりますが、根本的に捻挫の症状は変わらず全く良くはなっていないのです。経営も同じです。経費削減で利益がでると経営が安定したような錯覚になりますが、それは違います。経費削減という「痛み止め」の使用は経営基盤が揺らいだ時の一時的な対処療法なので、いつまでも続けてはいけません。その間に収益性の向上や売上増を目指した具体的な「治療法」を見つけて早めに実行すべきです。
日産はカルロス・ゴーン氏のもと、1999年に「日産リバイバルプラン」という大胆なリストラを実行しある程度の成果を得ました。しかしここ数年販売台数は伸び悩み、昨年さらにリストラ策を発表しています。最初のリストラ時に、販売台数を伸ばす計画・行動も同時進行で推進していく必要があったと思われます。
痛み止めは、服用を続けると段々効かなくなってきます。本当はなるべく飲まない方がいいかもしれません(早く捻挫、治そう・・・)
第54回 価格と価値。 (20年4月3日)
3月31日にガソリン税の暫定税率の期限が切れました。このガソリン税(正確には揮発油税)は道路の整備等を目的とした「道路特定財源」のひとつで、法律で1リットルあたり25.1円と決められています。しかし国はその税率を、「道路整備を強力に推進する」という名目で、期限を決めて上げていたのです。それが暫定税率。3月までは1リットルあたり同額の25.1円が加算されていました。これが廃止されることによって単純に考えれば25.1円ガソリンが安くなるわけで、一消費者としては嬉しいことなのですが、国や自治体の予算に対する影響を考えると、諸手を挙げて歓迎する気にはなかなかなりません・・・・
昨日、近隣の同業他社の動向を見ながら1日に何回も値段を下げるガソリンスタンドをニュースで紹介していました。価格競争で負けないために、なかには赤字覚悟で他社よりも安くしているスタンドもあるそうです。あまりにも無謀な価格競争は、経営者にとって「行くも地獄戻るも地獄」。スタンド経営を辞めたくなる経営者の気持ちも解らなくはありません。現在ガソリンスタンドの数は10年前の店舗数の20%も減少し、しかもその80%は赤字経営だそうです。
問題なのは、ガソリンスタンド経営をする上で、他店との差別化が価格でしかできないということです。商品であるガソリンに付加価値を付けることができないため、ガソリンの価値は『価格が安い』という唯一一点だけになります。「あそこの店のガソリンはすごく燃費がいい」とか「ここの店のガソリンで運転するととても気持ちがいい」という付加価値をつけることができれば、価格競争以外の企業努力もできますが、そういうガソリンはありません。また満タン給油者にはボックスティッシュプレゼントだとかのサービスは、一応は付加価値にはなっていますが消費者側は差別化するほどの付加価値と捉えていません。「ガソリン=付加価値を付けられない商品」となっている以上、ガソリンスタンド経営ますます厳しいものになっていくような気がします。
他店より、より多くのモノを売りたいのならば、差別化は絶対条件です。同じことをしていてはその商品は売れません。また価格は多少高くても、その商品に買い手側が価値を見いだせば、その商品は必ず売れます。一例を挙げると、今どんなに安くても中国産の食品は売れません。逆に国産の食品は多少価格は高くても売上を伸ばしています。これは、消費者が「安全・安心」という『価値』を国産の食品に見いだしたからです。
「どんな価値を商品に付けるのか。そしてその価値を買い手側はどう捉えるかを考える。」小売業だけの世界ではなく、経営全般に通じることです。今ならやはり「安心」がキーワード。お客様が絶対安心できる商品・製品・サービスを提供できれば、多少価格は高くても売上は伸びます。
うちも「クライアントに絶対税務調査が来ない、安心な会計事務所」なんてできたら、顧客倍増なんだけど・・・。(そんな事務所あり得ないし、できません(^^;))
第53回 腐っても鯛? (20年3月28日)
中国で加工した冷凍餃子に殺虫剤で毒性の強いメタミドホスが検出された、いわゆる「毒入り餃子事件」発生から約2ヶ月が経ちました。未だ原因は特定されいません。中国産の食品の安全性を誰もが疑い、ほとんどの人が中国産のモノを敬遠し国産食品の購入を望んでいます。たしかに国産食品の値段は高いですが、私自身健康の事を考えるととても中国産のものを買う気にはなれないし、口にする事にも嫌悪感を覚えます。と言っても外食の場合、食材に何が使われている分からないので注意しようがないのですが・・・
少し前に日本でも食品に対する信用をなくす事件がありました。「白い恋人」や「赤福」の賞味期限の偽装です。在庫として抱えてしまうよりもちょっと誤魔化して売り切ってしまおう、という安易でなんとも情けない考えから起きた事件。ですがこの事件、餃子事件と本質的に全く違うのが、直接的な被害者がいないということです。購入した消費者は被害者と言えば被害者ですが、毒入り餃子事件のように病院の運ばれたという話は聞いてません。賞味期限とは「美味しく食べられる期間」です。多少過ぎたものを食べたって人体に影響はないと個人的には思います。だからといって賞味期限切れの商品を売ってもいいということではありません。念のため。
この『賞味期限』は、食品業界に限ったことではありません。皆さんの扱っている商品やサービスにも賞味期限はあるのです。流行遅れの商品・一昔前の製造方法・古いデータによる情報等は、まさしく「賞味期限切れ」。誰にも相手にされないでしょう。
なにも新しくなければダメだということではありません。花王のシャンプーでメリットという商品がありますが、1970年の発売以来毎年発売ランキング上位に顔を出しています。このように何十年もかわらずに消費者に指示されている商品などは、まだまだ「美味しく食べられる期間」で充分賞味期限内なのです。逆に新商品や最先端の技術によるサービスであったとしても消費者が見向きもしなかったなら、最新でありながらすでに古く陳腐化したモノだと言うことができます。
ここでの商品等の賞味期限は、食品の賞味期限と違って売り手側である皆さんが決めるものではなく、買い手側のお客様が決めるものです。せっかく研究開発に時間と費用を掛けて考案製作したモノでもお客様のニーズに合わなければ、それは「期限切れ」になにります。早く見切りを付け、次のモノを手掛けることが大切でしょう。お客様にとって、売り手側の思い入れや事情などはある意味どうでもいいのです。「自分にとって、有益な商品・サービスなのか」が賞味期限の判断基準になって買うのですから。
経営者なら、常に旬のモノをお客様に届けることを心掛けなければなりません。
「腐っても鯛」という諺がありますが、本当に腐った鯛を食べる人はいないでしょう。
第52回 解任はできない。(20年3月19日)
更新しないで1ヶ月以上も経ってしまいました。やはり「確定申告」というのは会計事務所にとっては一大イベントなわけで、当事務所においても今年もまたかなり盛り上がり(?)、最後の最後までバタバタし通しの1ヶ月でした。今週からは通常業務に戻る予定ですので、またコラムにお付き合いして頂ければ幸いです。
再開していきなりサッカーの話題で恐縮ですが、Jリーグ浦和レッズのオジェック監督が解任されました。わずか2試合のリーグ戦を戦っただけでの監督交代は最速だそうです。昨年はACL(アジアチャンピオンリーグ)で優勝、世界クラブ選手権でも3位と好成績を収めたにもかかわらず、たった2試合で解任される背景には様々な要因があるでしょう。ACLで優勝したものの、Jリーグでは最後の最後で考えられないような失速をして優勝を逃したという結果もひとつの要因ではありますが、そういう結果以前に選手との間に信頼関係がなかったことが大きな原因だと思います。昨年の好調時であっても、ワシントンや小野は公然と監督批判をしてました(ワシントンも小野も退団しました)し、他の選手の多くも「戦術が見えない」との不満を口にしていました。オジェック氏は選手とあまり対話せずに自身のゲームプランを理解させようとしたのでしょう。今年はドイツから高原を呼び戻し、新潟からエジミウソン・大分から梅崎と充実した補強したにもかかわらず、2試合だけですがチームとして全く機能していません。(グランパス戦はとてもレッズのホームゲームとは思えないほどひどかった。)選手が監督との確執に囚われずに本来持っているポテンシャルを活き活きと発揮できるよう、フロントが監督解任という大ナタを振るったということでしょう。あれだけ戦力が揃っているのに結果も内容も惨憺たる現状は、やはり監督の責任だと思います。
経営でも有能な社員・従業員がいるのにも関わらず成果のでない組織があります。全てが経営者の責任とは言えませんが、経営者の資質や意識に問題がある場合がすくなくありません。結果・成果がでないのは、まずは経営者自身の問題と捉え自分自身の見つめ直して反省する。経営者自身が変わらないと組織は変わりません。組織が変わらないと成果も変わりません。全ての変化は経営者の変化から始まります。
浦和レッズは監督解任でチームを活性化し変化させようとしました。経営者は自分で自分を解任することできません。自分で変わるしかないのです。
第51回 不満と向上心。(20年2月10日)
私ごとで恐縮ですが、最近不満が溜まっています。仕事でもプライベートでも不満だらけ。少しイライラする時もあります。不満な理由は、自分の目標としている状態と現実の状態に相当の隔たりがあるからです。自分の中で仕事でも個人的にも今年の目標として掲げたものがありますが、一月経ってみてその目標への進捗状況を測ってみるとあまりにも悪いのです。非常に不満です。何かしらのテコ入れをしないと、年頭に立てた目標は絵に描いたモチになってしまうでしょう。とは言っても具体的なアイデアも出てきません。このままズルズルとしてしまうのだけは避けなければならないと、焦りも感じています。
この現状を冷静に捉えてふと思ったのは、「経営者のほとんどは今の自分と似た様な思いで経営しているのではないか」ということです。私のクライアントの経営者の中で現状に満足している人は、多分1人,2人でしょう。大多数の人は多かれ少なかれ不満を抱えて経営しています。会社・事業所をそれなりに成長させている経営者でさえ、満足している人はあまりいません。逆にそういう人ほど、何かの不満要素を解決したとたんすぐに次の不満を見つけて、それを解決すべく努力している。経営することとは、常に不満との戦いなんでしょうか・・・・
言いかえれば、『経営は満足してしまったら、それでもう終わり。成長することはできない』ということができます。人間、満ち足りてしまったら何もしなくなるかも知れません。満足していないから、何かが足りないから、それを埋めるために歯を食いしばって努力するのでしょう。「不満」があるのは、向上心があるからです。飽くなき向上心こそが、現状を打破して次ぎのステップへと導くのです。
木村和司というサッカー選手を御存知でしょうか。Jリーグの前身、日本サッカーリーグ時代の日産の黄金時代を築いた人。背番号10番の代名詞のような選手です。1985年、ワールドカップメキシコ大会最終予選のホーム韓国戦において、40メートル手前からみせたフリーキックは、今でも日本サッカーにおける屈指の名シーンとして伝説化しています。Jリーグ発足から2年経った1994年、「ミスターマリノス」は引退するのですが、その引退会見でメディアから「今はどんなことを考えていますか」と尋ねられた時、木村和司はこう答えました。
「もっとサッカーがうまくなりたい」。
引退する選手の言葉です。向上心がほとばしる、なんともカッコイイせりふだと思いませんか。
第50回 人生はやり直せない。(20年2月1日)
追いつめられた犯人。人質を盾にしてこう叫ぶ。
「こいつを道連れにして死んでやる!!」
「やめろっ! そんなことをしてどうなる。」追ってきた刑事が応対する。
「うるせぇーっ! どうせ俺なんかどうなってもいいんだ」自暴自棄な犯人。
「なに言ってるんだ。確かに今までお前はツイてなかったかもしれない。だが人生はいくらでもやり直しがきくんだ。しっかり罪を償えば、生まれ変われるんだ。」
「刑事さん・・・」うなだれる犯人の肩をしっかりと支える刑事。厳しくではあるがまるで子供を諭すようにゆっくりと優しくこう言う。
「一からやり直せ。そして失敗したらまた何度でもやり直せばいい。大丈夫、お前ならできる。」
「刑事さんっ!」刑事の胸の中で号泣する犯人。彼らを包む日本海からの海風は今日は何故か暖かく感じた・・・
なんていう刑事ドラマ、一昔前にはありましたね。子供の時に少し感動しながら見た記憶があります。しかし40歳を超えた私が今はっきりと言えることは、『人生はやり直せない』ということです。タイムマシンができてある時間まで戻れるのならばやり直しは可能でしょうが、まだそれは夢の話。時間は進むだけで決して戻ることはありません。今は、もう次の時点で「今」ではなく「過去」なのです。そして今は突然今としてあるのではなく、過去の連続があって今があるのです。小さな過去の積み重ねで今の自分が作られたといってもいいでしょう。
Aは努力した、Bは努力しなかったとします。努力がそのまま成果に反映したとすると、AはBよりも多くの成果を得ていて、AとBとの間に差がでるはずです。そこでBが気付いて一生懸命に努力したとしても、Aも努力しているので差は一向に縮まらない。そしてBは、「あの時努力しておけば」と後悔するわけですが、もう時すでに遅し。私が「やり直せない」と言ったのはこういうことなのです。
「人生はやり直しがきくから」などと安易に考えている人は、経営者としては甘い。そんな悠長な考えでは、厳しい現状である中小企業のトップは務まりません。ただし「やり直しがきかないから、失敗しないように経営する。」というのは、ちょっと違います。失敗は「経験」という貴重な経営資源を手に入れることができるのですから、なにも失敗を怖れることはありません。「失敗を活かすこと」が大前提ですが・・・
Bはきっと、努力しなかった過去の自分を強く叱責したに違いありません。自分で自分を責めることは哀しくも侘びしくあります。できればしたくはないでしょう。だから今頑張るのです。
人生はやり直せない。だから今を悔いのないように努力する。
明日の自分が、1年後の自分が、今日の自分を好きでいてくれるために。
第50回 ナマコを最初に食べた人。(20年1月25日)
今、日本では世界中の料理が食べられます。フランス料理や中華料理、イタリア料理の店はどこにでもあるし、インド料理ではなくて、ネパール料理とかパキスタン料理というあまり知られていない微妙なマイナーな国の料理の店だって、探せば簡単に見つかります。飽食の時代といわれてずいぶん経ちますが、私が子供の頃には絶対口にすることができなかった料理が町中溢れている現状を考えると、なんだかんだいっても日本は平和なんだな・・・と感じてしまいます。また以前は見たことがなかった野菜や果物等が、普通のスーパーで普通に売られているのを見ると、品種改良もあるでしょうが「食べるモノ」の種類がどんどん増えているような気がします。今では当たり前に売っているエリンギとかアボガドなんか、やはり子供の頃は売ってなかったし。この世の中に「食べられるモノ」はいったいどれだけあるのか、考えてしまいます・・・
何の食べ物もそうですが、それを一番最初に食べた人はどんな思いで口に入れたのでしょうか。ナマコやタコは、見た目はどうみても食べられないモノ。今でこそ一般的な食材ですが、それを食べることは、勇気を超えたあまりにも無謀過ぎる挑戦というか命を懸けた「賭け」だったに違いありません。たぶん何かの事情で食べるモノが全てなくなり、泣く泣く仕方なく食べたのでしょう。食べなくて飢え死にするか、食べて食中毒で死ぬか。どうせ死ぬなら食べて死のう。こんな考えだったのではないかと思います。ナマコやタコは運良く食べられた部類ですが、食べてはいけないモノを食べてしまって命を落とした人は何千、何万といることでしょう。私たちは、そういった先人達の命懸けの挑戦と引き替えに、安全で美味しい食材を手に入れたことになります。先人達の尊い犠牲の上に、今私たちがいるのです。(ちょっとオーバーか)
経営者は、自分の会社・事業所をよりよい方向に導くために、常に状況を把握し適切な判断をする必要があります。 時には悩んで迷ってしまうような判断・決断を迫られることもあるでしょう。会社の命運を左右する判断をしなければならないことだって、決して少なくありません。そんなときは今までの経験や自分自身の「勘」に基づいて判断することが多いと思いますが、それに『先人の知恵』を加えてみてはどうでしょうか。全く同業種・同規模での先達の経営者はいないでしょうが、似たような状況を経験している経営者は結構いると思います。自分一人だけの経験値だけでは判断材料として心許ないのであれば、「そんな時はどうしたか」という先人の経験は、参考になるに違いありません。本を読んだり、研修を受けたり、『先人の知恵』を得る方法はいくらでもあります。先人達と同じやり方がうまくいくとは限りませんが、目からウロコが落ちることだってかなり多いはず。
それにしても、ナマコを最初に食べた人って、すごく偉いと思いませんか。
第49回 正常な危機感。 (20年1月18日)
年明け早々、原油価格は史上初めて1バレル=100ドルを突破しました。また小麦の価格も、生産主要国の異常気象の影響やバイオエタノールのため小麦からトウモロコシの生産に変える業者が増えたことにより供給量が減り高騰しています。すでに小麦を使用するパン・うどん等の食品は値上げが決まっているようですが、今後あらゆる製品・商品・サービスの価格上昇は避けては通れないでしょう。ただでさえ消費が低迷している現状を考えると、今後の経済動向は決して明るいとは言い難いものがあります。
しかしここで今、皆で「大変だ、物価が上がる。インフレだ」とか騒いだところでどうなるものでもないでしょう。インフレはそう簡単になるものではないし。原油・小麦価格の上昇、サブプライム問題、株価の下落の情報は、真実ではありますがあくまでマスコミからの「見たモノ聞いたモノ」。実際に自分自身が体感したものではありません。新聞・ニュース等のマスコミは、比較的ネカティブな話題は大きく報道する傾向にあります。たしかにリスクマネジメントという面からすると、「危機」の芽は早いうちに摘み取ってしまうことが重要なので、情報はいち早く入手して対策を立てる必要がある。ただ、必要以上の危機感を感じてその情報ひとつひとつに戦々恐々とするのもどうでしょうか。
会社・事業所を成長させ伸ばすために、リスクは必ずあります。全てのリスクを回避していては経営は成り立ちません。情報は情報としてしっかり把握し検証して、それが経営にどの程度のリスクになるのか、冷静に判断し対処する必要があります。 過度の危機感は禁物です。
逆に、人はリスクを非常に安易に考える場合があります。 次のような人たちは必ずいますが、きっと彼らは他人のニュースを見て「馬鹿なヤツがいるもんだ」と嘲笑していたに違いありません。
・台風の中、近くの川を見に行って行方不明になる人
・正月に餅をのどに詰まらせて救急車に運ばれる人
・冬山登山で遭難する人
・霊感商法・ネズミ講もどきに引っ掛かる人
・そして、いまだにコンプライアンス違反する企業(今回は製紙会社)
等々、枚挙にいとまがありません。人間は、何故、『自分だけは、大丈夫』と考えてしまうのでしょうか。不思議な生き物です。偉そうな事を言っている私もきっとそうなのでしょう。心せねば。
大袈裟でなく、甘いものでもない。正常な危機感が企業を守り、成長させるのです。
第48回 本気で誓う。 (20年1月11日)
新しい年を迎え、多くの人が「今年はこれをやろう」とか「今年はこうしたい」などの目標や抱負を考えると思います。私も仕事の事・個人的な事両方で、いろいろな事を思いながら考えました。普段はなんとなく流されて生活している様なところもあるので、年の初めという一つの節目にしっかりと気持ちの整理をつけることは、とてもスッキリとした気分になります。「今年は頑張るぞ!」と前向きな考えにもなります。新年ということではなく、毎日々々をこういう思いで過ごしていければ、人生とても楽しくなりそうですが・・・
ただいくら「気持ち」や「考え」が前向きになったからといって、漠然とした思いで行動しても目標に近づくことはできません。「もっと売上を増やしたいな〜」という程度の考えでそれなりの行動をしたところで、それだけではたいして売上は増えないでしょう。そんなに経営も世の中も甘くはありません。
もし本当に売上を伸ばしたいと考えるなら、『売上を伸ばすぞ!!』と本気で自分に強く強く「誓うこと」が必要です。目標というよりは「誓い」を宣言して約束するのです。目標は、達成する・しないでその結果の良否がでますが、誓いの場合は約束なので、できて当たり前、できない場合はできるまでやる。できないことはあり得ないというのが前提です。もしかりにどうしてもできない場合は、約束違反になるのでそれなりの罰が下るようにする。経営のトップは最終的には経営の全ての責任をとりますが、その時々の結果に対しては、自分自身への処分が甘いというか緩い場合があります。社員には「売上目標必達!」と結構厳しく指示をしていても、経営者自身は「俺が責任をとるのだから、まあいいか」という具合に。たとえば売上増加の誓いを反故してしまった場合には、自身の給与を大幅に減額するとかの「罰」を与える。それくらいのプレッシャーを自分自身でかけながら背水の陣で臨むことができるかどうか。そういう本気になることができれば売上増加は充分期待できるでしょう。
こんな詩があります。
本気ですれば、大抵なことは出来る。
本気ですれば、何でも面白い。
本気でしていると、誰かが助けてくれる。
人間を幸福にするために、本気で働いているものは、
みんな幸福で、みんな偉い。
第47回 今年の漢字 (19年12月28)
年末恒例の「今年の漢字」に「偽」が選ばれ、日本漢字能力検定協会が12月12日に清水寺で発表しました。不二家・赤福・吉兆など食品偽装が大々的に報道され、「偽」という言葉が強いイメージになった結果だと思います。昨年の漢字は「命」。いじめによる自殺・飲酒運転による事故などで命の尊さ、重みを痛感した年ということです。 遡りますと、
2005年「愛」・・・残忍な少年犯罪などの愛の足りない事件が多く発生した
2004年「災」・・・台風・猛暑などの天災、原発事故などの人災があった
2003年「虎」・・・阪神タイガース18年ぶりの優勝
2002年「帰」・・・北朝鮮に拉致されていた人たちの帰国
2001年「戦」・・・米国同時多発テロ事件によるテロリストとの戦い
というように選ばれています。
なにか暗くないですか。悲しい事件ばかりが取り上げられて、それが「今年の漢字」になるなんて。(阪神の優勝は嬉しいことです!ちなみに私は阪神ファン(^^;))敢えてそんな字を選ぶことないと思いますが、公募による結果なので世の中の人々がそのように感じているということなのでしょう。
私はどちらかというと楽観主義です。世の中、そしてこの日本はそんなに悪くはないです。普通にきちんとご飯たべられるし、どこに行っても水も電気もあるし。最近は少し殺伐としてきた部分もありますが、基本的には優しい人が多いし。全然捨てたモノじゃない。そしてまだまだ良くなると思ってます。正確に言うと「思いたい」し、そうしなければいけないと感じています。各々が自ら強く優しくなること。そうすれば周囲も、世の中全体が優しくなっていくはずです。
偉そうなことを書いてしまいました。私自身はまだまだ本当に未熟でどうしようもない人間ですが、だからこそのびしろもたくさんあって、努力次第では成長できると信じています。成長するかしないかははっきり言って全く分からないけれど、そう信じていた方がこれからの人生が充実しておもしろくなるような気がするのです。
このコラム(何かブログっぽいけど)も今年はこれで終わりです。たいしておもしろくもない内容が多かったと思いますが、読んで頂き感謝の思いが尽きません。ありがとうございました。
私の「今年の漢字」は、『続』です。夢も目標も終わっていません。まだまだ続きます。
そして、このコラムも。
よいお年をお迎え下さい。来年もよろしくお願いいたします。
第46回 年末調整に思うこと。(19年12月21日)
今年もあと10日になりました。サラリーマンの方や、経営者でも役員報酬をもらっている方の中で、年末調整によって所得税が還付(ひょっとしたら徴収される方もいるかも)されてちょっとしたお小遣いになっている人もいるのではないでしょうか。自営業者である私は年末調整はなく確定申告のため、この時期の還付はなくちょっぴり羨ましかったりします・・・(^^;)
この年末調整という制度は、日本特有のもののようです。アメリカをはじめ欧米の先進国でこの年末調整制度を導入している国は無いと聞いています。毎月々々の給与から所得税を徴収するという「源泉徴収」は諸外国でも制度化されていますが、最終的には各個人の確定申告によって所得税額を精算確定させています。日本の場合、国側の立場に立つと、
1.会社の方で徴税事務を完結してれるので、非常に楽。
2.全国で5000万人以上ともいわれるサラリーマンが一斉に確定申告するようになると、今ですらごった返している税務署がパニック状態になってしまう。
等の事情で今後も年末調整制度を継続していくようですが、問題点もいくつかある様に思えます。
最近の風潮として、プライバシーに関する情報漏洩という事に非常に敏感になってきています。そういう流れの中で年末調整事務を行う会社の経理・総務の人間に対し、自分の扶養家族の氏名・生年月日だとか、結婚・離婚の事実を知られてしまうことにとても抵抗がある人が増えてきています。また経理・総務の人間だって嫌でしょう。「個人情報保護法」の観点から見た場合、年末調整制度は馴染まないと考えられます。
また、私はもっと大きな問題点と思うのは、自分自身の年間の所得税額を把握しづらいという事です。給与の手取金額はとても気になるものですが、所得税をいくら納税しているかを気にしている人は少ないのではないでしょうか。毎月会社に源泉徴収されてその後会社で年末調整されて決定する所得税額。自分の所得税計算を全て会社に委ねてしまっている以上、税額が分からないのも無理無いことかもしれません。しかし確定申告することになれば自分がどれだけ納税しているか分かりますし、それによって税に対する意識も強くなるはず。消費税は5%徴収というよく分かる税制度なので、税率アップ等の改正には極めて強い反対論がみられますが、所得税はその制度に触れる機会がないために制度自体がよく分からず、改正に反対も賛成もないという人が多いのでしょう。
給与明細書をよく見て、所得税を含め住民税・社会保険料など給与天引きされている金額を確認してみて下さい。かなりの金額であることがすぐに分かります。その額全てが国や地方自治体に納入されているわけです。天引きされている額に見合うだけの行政サービスを受けていないと感じたならば、その使途にもっと厳しい監視の目を向けるべきだと思います。
第45回 強者と戦うために。(19年12月14日)
FIFA世界クラブ選手権準決勝、浦和レッドダイヤモンズVSACミラン。1−0でミランの勝利。ヨーロッパでも屈指の実力と伝統を持つビッグクラブと本気の対決をして、最少失点で負けたレッズは本当に頑張ったと思います。カカはじめ各国の代表クラスがスターティングメンバーに顔を並べる(インザーギ、カフー、エメルソンが控え!!)豪華布陣に気後れすることなく堂々と戦うレッズの面々に、アジア王者の意地と誇りを感じました。しかし点差こそ1点差ですが、勝てるチャンスは全くなかったと言っていいでしょう。試合内容は「善戦」という名の「完敗」。個々の力量の差は歴然としていて、守備では最後のところは体を張って防いでいましたが攻撃は全く歯が立たなかった。世界の壁は、高く厚かったというところでしょうか・・・
この試合でレッズは本来の攻撃的なサッカーを封印し、『攻めさせても得点を与えない』という超守備的な戦い方をしましたが、これは全然間違っていません。これを、「胸を借りる」だとか「いつもと同じように戦う」というような考えで試合していたら、とんでもない惨敗になっていたかも知れません。圧倒的な強者と戦う際の絶対条件は、失点をしないこと。そのうち相手が焦って慌てて無理に攻撃をしてきた時に、カウンターの一発を狙う。それでいいんです。充分強者と戦えます。ただ今回のミランは、後半23分の得点時まで点が取れなくても全く焦らず慌てませんでした。こうなるとノーチャンス。さすがは幾多の修羅場をくぐってきたチームです。
中小企業は、常に大企業をはじめとする強者との戦いを強いられています。そこで「ガチンコ」で戦ったとしても絶対勝ち目はありません。前のコラムでも書きましたが、攻撃は最大の防御ではありません。規模・ノウハウ等に差がある強者との経営上の戦いにはまずは守備的にいくことです。そのうち強者が焦って仕掛けてきた時に、逆手を取って攻勢に転ずる。また強者には「ウチは大手だから大丈夫」という慢心や「こんな小さな店舗、いつかは潰れるさ」というような驕りがあります。そのスキをついて、小さいがゆえの特性を活かしたフットワークのよさ、即決即行等の早さを活かして攻撃する。このように、私は強者との戦う際には無理に特別な事をせずに、まずは自社の足許を固めてからという「守備重視」でいいと考えています。
レッズは残念ながら負けてしまいましたが、選手達にはこの試合の貴重な経験はかけがいのない財産となったことでしょう。来年以降レッズがどういうチームになっていくのか、ちょっと楽しみです。経営も、サッカーのリーグ戦みたいなもの。一試合での勝ち負けも大事ですがその試合での経験を活かし次に繋げていくことが重要で、最後に勝っていればいいのです。
第44回 勉強していますか。(19年12月7日)
ホームページでもお伝えしたように、11月30日(金)に経営セミナーを開催させて頂きました。月末で小雨の中にもかわらず、大勢参加して頂き本当に有り難く思います。内容は、私の経営に対する勝手な考えや思いを、好きなサッカー等のスポーツに強引に結びつけての話でした。「経営セミナー」などと仰々しく銘打ってのセミナーでしたが、参加して頂いた方にどの程度理解され、どれだけ経営のお役に立つものだったか正直言って分かりません。たぶんこのセミナーが一番役にたったのは講師をした私でしょう。人前で説明するにはその内容をほぼ完璧に理解している必要がある。そのためには時間と労力をかけてしっかり勉強しなければならない。本当に今後に活きるいい経験をさせてもらったと思っています。
みなさんは、「勉強」していますか。小学生や中学生の頃、親に勉強しろ勉強しろと口酸っぱく言われしぶしぶやった勉強。そういう国語や算数ではなく、経営者としての勉強です。経営者にも勉強は大切です。
経営者にとっての勉強のひとつは、その仕事を行う上での専門的な知識の取得やスキルアップのための勉強です。業種によって多少の違いはありますが、仕事の手法や技術は日々進歩し変わっていきます。そのことを理解して、変化していく内容にしっかり対応しなければ生き残ることはできません。かりにその変化が一過性の流行にすぎなくても、それをご自身の事業に活かすかどうかは別問題として、きちんと情報として取り入れる必要があります。税理士の私の場合、毎年の改正税法や今だと電子申告等の勉強になるでしょう。また同業者との意見交換も大事な勉強の場所です。「同業者はライバル。話すことはない」などと考え会合には一切出ない人もいますが、もったいない。今現在の業界の旬の情報を聞く一番の機会になるはずです。確かにライバルではありますが、漢字にすると「好敵手」。横の繋がりを大切にしていると、困っている時に助けてくれることだってあります。
もうひとつは、1人の人間としての自己啓発的な勉強です。事業の規模は経営者の器に比例します。もっと事業を大きくしたいとか目標を実現したいと考えるなら、幅広く勉強しなければなりません。異業種交流会に参加して様々の人の意見に刺激を受けたり、いろんなジャンルの本を読む事も大事です。セミナーに積極的に参加して教えを請うのもいいでしょう。(間違っても私のセミナーのことではありません。念のため)
経営者にとって、「勉強は仕入」。仕入がなければ売るモノがありません。売上増や顧客拡大のみに時間を使わずに、敢えて時間を取って勉強することも経営の大事な一つの条件です。
第43回 忙しい人。(19年11月30日)
11月も終わり、もう12月です。毎年毎年1年が過ぎていくのが早くなっていくのは気のせいでしょうか。子供の頃の夏休み、午前中遊びに行き家に戻ってきて昼食、また遊びに行ってもまだまだ1日が終わらない。そんな日が40日もあったので、夏休みが永遠に続くような感じでした。同じ24時間なのに、あの頃の1日は今の1日の倍以上の時間があったように思えたのは、ただ単に子供だったからでしょうか・・・
12月は師走。「先生も走るほどの忙しい月」というくらいなので、暇な人はいないと思います。「今年のことは今年のうちに。年は越したくない」との思いがあるので、通常の月より忙しいのは当たり前のこと。忙しいのだけどあまり慌てずに行動したいものです。慌てる乞食はもらいが少ない、といわれるし。
みなさんの周りに、何だか知らないけれどいつも忙しい人っていませんか。いつ会っても「忙しい、時間がない」と言いながらバタバタしている人。あたかも自分だけが忙しくて、1人でてんてこ舞いしている人。しかし私には「何でこの程度の事をするのに、そんなに忙しいのかな」という感じで、その人がどうして忙しいのか分からない時があります。誰かに仕事の一部を委譲すれば済むことなのにそれができない、端から見ていると無駄なことに時間を費やしている等々、そういう人は仕事や人生を忙しくしているのは自分自身だということに気付いていないのでしょう。
仕事をする上で周囲に忙しく思われていることは、決して得にはなりません。時間管理ができない人と思われるし、「そんなに忙しいのなら」と他の会社に仕事を獲られてしまいます。得意先には、仕事は確かに忙しいのだけれど「まだまだ余裕はありますよ」と思わせることも必要なのです。ただし必要以上にやると嫌みになるので逆効果ですが。。。
私の周囲には、いつ食事して、いつ寝ているんだろうと思うほど、仕事を含め様々な活動をしている『本当に忙しい人』もいます。でもその人は不思議と忙しそうには見えません。どう考えても忙しいのに、あのゆとりは何だろうと考えてしまいます。そのゆとりがあるゆえに、仕事がまたその人に集まっていく。それをまた難なくこなしてしまう。「できる人」とは、こんな人のことなのでしょう。
『心を亡くす』と書いて、忙。見た目は忙しくても、心さえ亡くさなければ忙しくはならないのです。できる人はやっぱり違います。
忙しい人ほど忙しく見えない。忙しく見える人ほど忙しくない。
すいません、先週コラムを更新できなかったのは、私が「忙しがってしまった」からです。(-_-)
第42回 目標を必ず達成する方法。(19年11月16日)
目標数値を必ず達成する方法をご存じですか。「そんなものはあるわけない」と考える方も少なくないと思いますが、ちゃんとあります。簡単なことです。
答えは、『目標を低く設定する』ということです。例えば「売上を前年比5%増にする」という目標は難しい思えば、「前年比90%でいい」という様に、普通にやっていれば間違いなく達成できる数値に設定するのです。どうですか。これで目標達成率100%の仕組み作りの出来上がり。・・・・・でいいわけありません!そんな数値設定は経営の目標とは到底言い難いし、こんなマイナス思考では経営者としては間違いなく失格です。目標は、達成だけすればいいってものではありません。
確かに、目標は達成するためにあります。達成できて、その計画は成功。しかし、達成できなかった場合、その計画はただ単に「失敗」だけでしかないのでしょうか。
@「売上10%増」の目標で、7%増しか達成できなかった。
A「売上5%増」の目標で、5%増を達成できた。
@は目標達成していませんが、Aよりも売上増を成し遂げています。これを失敗と言い切ることはできません。かりに失敗だとしても、言い方は変かも知れませんが「歓迎すべき失敗」と言うことができます。
結果として@の方が利益を生み出すことになるし、目標達成できなかったことによる原因を検証し反省して、次回の目標達成のための材料にすることができるのです。今度は売上10%増の目標はかなり現実味を帯びてくるでしょう。逆にAのケースでは目標達成ではありますが、満足してしまい、次回も5%程度の売上増しかできないかもしれません。
目標達成の成功体験の積み重ねは、時と場合によっては必要です。しかし安易でハードルの低い目標設定をしてはなりません。現在の自分の会社・事業所の力量を客観的に判断して、「最大限努力して頑張ってみて、少し手が届かない」程度の目標設定がいいでしょう。結果として目標達成に失敗しても、その過程において貴重な経験ができるのです。失敗してもいいじゃないですか。次に繋がる失敗なら、大いに失敗すべきです。程度にもよりますが・・・
たいした目標ではないのに達成したといって浮かれるより、高い目標に向かって苦悶している人間の方が、よっぽど魅力的に見えます。
第41回 効率化。(19年11月9日)
誰でも「できるだけ効率よく仕事する」ことを心掛けています。1日の時間は24時間と決まっていますし、自分の体はひとつしかありません。限られた条件の中で最大限の成果を出すには、効率的に業務する必要があります。
効率的に業務を行うには、省力化をすることが考えられます。同じ業務を行うにしても、2時間要するよりも1時間で終わらせる。1時間要するよりも30分で終わらせるようにする。時間を省力化できれば、他の別の業務に取りかかることができる。また営業で得意先回りをする場合でも、同じ時間内であれば1件あたりの訪問時間を省力化して、5件訪問よりも10件訪問する。10件訪問よりも20件訪問するほうが効率的で、営業成果が上がるはずです。
でも本当にそうでしょうか。効率化=省力化という図式なのでしょうか。
この「効率的に業務する」ですが、『同じ結果・成果をだすなら』という前提条件がつくことを忘れてはいけません。同じ結果をだせるならば、時間・労力を省略できたほうがいいに決まってます。先程の例の場合で、5件訪問すれば必ず1件は営業成績になることが確実であれば、より多く訪問するほうが効率的だと言えます。20件訪問すれば4件、30件訪問すれば5件・・・という結果になるからです。しかし現実の営業はそんな簡単ではありません。5件訪問しても、20件訪問しても営業成績は全くゼロの時だってあります。また、@5件訪問して2件の営業成績、A20訪問して1件の営業成績というケースでは、誰がどうみても@の方が効率的です。このように、「効率化=省力化」いう図式は、常に成り立つとは限らないのです。
効率化をいつも意識することは、とても重要です。しかし効率化を意識するあまり、効率化でなく省力化してしまってはなりません。省力化が小力化になり、そのうち経営が行き詰まってしまうでしょう。
また違った発想で、大企業が効率化を追求するなら、逆に多少非効率的だと感じても、時間と労力を充分かけて顧客のニーズに対応してみる。面倒な要求や難しい問題を投げかけられたときは、手間暇かけて応える。中小企業が大企業に負けないためには、こんな考え方だってアリだと思います。
第40回 リーダーシップと、わがまま。(19年11月2日)
経営者は、組織をあるべき方向に導く、というリーダーシップを発揮しなければなりません。意思決定した企画・計画を、強い気持ちを持って自らの手で率先して実行し、組織の先頭に立って、グイグイ引っ張っていく事が重要です。中小企業の経営者に必要なのは、「組織をまとめる」ことではなく「組織を引っ張る」ことなのです。
従業員との対話により組織をまとめる事も必要ですが、経営者と従業員では経験もスキルも全然違いますし、経営者には経営者の立場からの、従業員には従業員の立場から考えがあるので、なかなか意見は一致しません。それを解消するために、何でも「話し合い」をするのは、どうかと思います。立場が違う経営者と従業員です。話し合っても平行線になるケースも多いでしょう。経営者が「俺はこう思うし、こうやりたい。お前はどう思う」と従業員に言った時、「私は違うと思います」と言われれば、もう話はそこでおしまい。徹底的に話し合うというのも一つの手ですが、従業員1人1人の考えはまた違うので、非常に労力を使ったうえにかえってしこりを残す可能性もあります。
それよりも、話し合いでは解決できないと理解して、従業員を説得することです。「俺はこう思うから、こうする。理解できない部分もあるかと思うが、ついてきてくれ」と言った方が、経営者と従業員の信頼関係ができていることが前提ですが、「社長がそう言うなら、仕方ない」となるでしょう。
このリーダーシップですが、あくまでも会社を、事業所を良い方向に導くために発揮しなければなりません。『従業員のため、顧客のため、ひいては社会全般のために、自分の事業を正しい方向に導く』という志を持って初めて「リーダーシップ」となるのです。自分の私利私欲のために事業を好きなように運営しようとするのは、リーダーシップではなく、愚かな人間のただの「わがまま」です。従業員は経営者のことを、経営者が考えている以上によく見ています。そんな経営者には従業員はついていきません。赤福や白い恋人の食品偽装の発覚は、真っ当な心を持った社員からのリークだそうです。そんな会社にいた社員の方は、本当に可哀相に思います。
経営者が「志」を持って真剣に経営の方向性考えてそれを愚直に実践していけば、最初は考え方が違いブツブツ言っていた従業員も、その経営者の姿に感化され、やがては経営者の考えを理解し、そのうち「よし、俺もやるぞ!」と経営者に追随していく。経営者と従業員が同じベクトル上を、共通の意識を持って歩んでいる状態が、経営組織としては最高の状態と言っていいでしょう。
第39回 富士山は、高い。(19年10月26日)
事業を経営する上で、チャレンジすることはとても大事なことです。ある意味では「経営者」=「チャレンジャー」とも言える訳で、いつも何かに挑戦し続けることが経営者には必要でしょう。
チャレンジする事の一番の目的は、「目標を実現するため」ということです。「3年後には売上を2倍にするぞ」とか、「来年には新規店舗を出店するぞ」という具体的な目標を実現するためには、チャレンジすることは不可欠です。現状の手法・思考だけでは前には進めません。リスク覚悟で新しい様々なことに挑戦しなければ、目標の実現はできないでしょう。
また、チャレンジすることの別の目的に、「目標を実現するための行動により、学び成長する。」ということがあります。結果はもちろん大事ですが、その結果に辿り着くまでの過程から得た経験は、何物にも代えられない貴重な財産になります。「成功から学ぶことよりも、失敗から学ぶことの方が多い」と言われますが、まさしくそのとおり。失敗を怖れずチャレンジする。そして失敗した事実から多くのことを経験し、学習し、次に活かす。この繰り返しが、事業と共に経営者自身をも成長させるのです。
「富士山は、高い」ということは誰でも知っています。ただし、この「高い」という事実は、次のそれぞれケースで微妙に伝わり方が違います。
@富士山は見たこと無いが、人に聞いて「富士山は高い」と知っている。
A遠くから見てみて、「富士山は高い」と思った。
B近くまで行って見上げてみて「富士山は高い」と思った
C登ろうとして、途中まで登ってみて「富士山は高い」と感じた。
Dなんとか登頂して、山頂から下を見下ろし「富士山は高い」と感じた。
どれも文章にしてみると「富士山は、高い」になります。しかしその言葉の重みが@とDとでは全く違うことはお分かりになるでしょう。試行錯誤しながら経験で得たものは、机上の理論やまた聞きの知識とは比べものにならない説得力を持っています。
「失敗も勉強になる」くらいの考えで何事にも積極的にチャレンジしていきたいものでが、無謀なチャレンジは禁物です。しっかり調査し強い気持ちで挑戦しなければなりません。
富士山に登頂する場合も、あらゆるリスク想定した綿密な計画と強靱な意志が必要です。なんとなく散歩していたらいつの間にか富士山に登っていた、と言う人は何処にもいないのですから。
第38回 ツイていますか?(19年10月19日)
私が知っている経営者に、社員採用の際の面接時に、必ず「あなたはツイていますか」と聞く人がいます。即座に「ツイています」と応えた人は、他の採用試験等の結果がたいしたことなくても、採用決定にするそうです。かなり大胆とも思いますが、その経営者に言わせると「どんなに仕事ができそうな人間でも、自分がツイていないと思う様な人は採用できない」ということです。
私は、自分自身どちらかというとツイているなと思っています。仕事はある程度自分の思い通りにできますし、ちょっと尿酸値が高くて足首の捻挫は慢性化しているけれど、健康だし。まぁツイているほうだな・・・と感じています。しかし、ある一つの点については「ツイていないなー」と思っていたことがあります。それは、『電車に乗るとほとんど座れない』ということです。顧客訪問の時に電車で移動する事も少なくないのですが、たまたま私が立った前に座っている人は、いつもなかなか降りないのです。その乗客の両隣は頻繁に乗り降りしているのに。「どうしてだろう。本当にツイていないのか」と考え、ある期間座れる回数と座れない回数を数えてみる事にしました。その結果、座れた回数と座れなかった回数は、ほぼ同数。私が「ほとんど座れない」と思っていたのは錯覚だったのです。座れた事は忘れてしまい、座れなかった事が印象深く記憶に残ってしまってそれが「電車に乗ると座れず、ツイていない」と思い込みを生んでしまったのです。
世の中には、ツイている事もツイていない事も、ひょっとしたらないのかもしれません。ツイているかいないのかは、その事実を捉える人の考え方次第です。
例えば『売上が伸びた』という事実を、
@「頑張ったけど、自分だけではできなかった。ツイていた」と考えるか、
A「当たり前の結果。売上アップは自分の力」と考えるか。
逆に『利益が減少した』という事実を、
@「頑張ったけど、仕方がない。いろんな事があったしツイていなかった」と思うか、
A「まだ努力が足りなかった。自分の力不足」と捉えるか。
成功している経営者は、 売上増加の時は@で、利益減少の時はAの考えでしょう。「成功したのはツイているから。失敗したのは自分のせい」という考え。 逆に「成功したのは自分の力。失敗したのは誰かのせいで、ツイていなかったら」と捉える経営者は、一時期はうまくいったとしても最終的にはダメになるでしょう。
仕事するうえで大切なのことは、『素直で謙虚』ということ。冒頭の経営者がツイていると考える人を採用する気持ち、分かりますね〜
そういえば、最近電車で座れないな。ツイていない・・・・
第37回 売上増のヒント実例(19年10月12日)
(1)味の素の穴
味の素の業績が低迷した時期があり、社長が「売上を倍にする方法」を社内で公募したそうです。宣伝部門からは新しい広告、物流部門からはコストを削減しての値下げ、営業からは……というように、様々なアイディアが集まりました。ですが、実際に採用されたアイディアは、工場勤務の若い女性社員が出した、「容器の穴のサイズを2倍にする」というものだったそうです。実際、このアイデアの採用によって、味の素の売り上げは倍近くになりました。「伝説」なので事の真偽は確かではありませんが、まさにお見事!な話です。
(2)セロハンテープのテープカッター
「セロハンテープが発明されたとき、「これは便利なモノだ! ヒット商品になること間違いなし!!」と開発した企業の誰もがそう思ったそうです。しかし、いざ商品化してみると思ったほど売上が伸びない。商品の魅力も充分あるし、価格も手頃な額に設定した。流通経路にも問題はない。何故だろう。皆が不思議がっているところ、社員の1人が「すごく便利なものだけど、テープを切る時にハサミを使わなければならず、使いづらい」と言ったそうです。そこでハッと気付き、セロハンテープにテープカッターを付けて再度商品化したところ、爆発的に売れたそうです。
(3)薄くなったティッシュボックス
何年が前から、ティッシュボックスが薄くなったのご存じの事とと思います。当初薄くした経緯というのは、原料のパルクが減り、ティッシュの値段を上げざるを得ない状態になったのですが、消費者に負担をかけさせないため枚数も減らさずにコストを下げる方法として、一枚のティッシュを薄くした、というものです。薄くしようというよりも、「薄くせざるを得ない」という状況からなのです。また従来はかさばるティッシュボックスを薄くしたことにより、結果として流通コストも大幅に削減することができました。消費者にしても「コンパクトでスタイリッシュ。価格も手頃」ということから、大幅な売上増になりました。
売上増のヒントは、どこにでも転がっています。また売上増を意識しなくても結果として売上増に繋がった例も多くあります。味の素の例などは、専門家だけでプロジェクトチーム等を作りそこでだけで検討している限りは、決して生まれないアイディアでしょう。視野を広くして、様々な意見に耳を傾ける事も経営では必要なことです。
(ただし、種々の情報に惑わされて、考えがまとまらないうち実行することは禁物です。要注意)
第36回 スランプ・・・。(平成19年10月5日)
私ごとですが、ここ2,3日、調子が出ません。急に涼しくなったり天候が不安定なせいでしょうか。特別体調が悪いというわけではなく、何か気持ちが盛り上がってこない程度のことなので心配することも全くありませんが、自分自身が少し嫌になったりしています。秋のせいかな〜(そんな神経の持ち主じゃないだろ!)
誰でも心身両方に好不調の波があります。いい時には何をしても良い方向に進んでしまうし、逆に悪い波の時はどうやってもうまくいかず、悪循環生み出してさらに悪い状況になっていまうケースとか。こういう様な、いわゆる「スランプ」を脱出するにはどうしたらいいのでしょうか。
人それぞれに解決法がありますが、一番いい方法は「何もしない」ということだと思います。何もしないというのはボ〜っとするという事ではなく、特別な事は何もしない、という意味です。バイオリズム的に悪い波長のときに、無理をして変化を求めて行動しても、ろくな結果になりません。かえって「負のスパイラル」現象を起こしてしまう可能性が高い。そうなってしまうとそこから抜け出すのが大変です。スランプだな〜と感じた時は、少し自分自身を客観視して行動することが大切です。
売上が落ち込んだとき、その落ち込んだ分を挽回しようとして、単価を下げて安売りしたり新規のクライアントと安易に取引を始めたりして、無理して売上金額を増やそうとする経営者がいます。非常に危ないと思います。安売りは結果として利益を圧縮してしまいますし、こういうときに新規の取引を始めることはかなりのリスクを含んでいます。台風が直撃している真っ只中に、外に出て家の補修をするようなものです。まずは現状をしっかり認識して、ひとまず悪い波をやり過ごす。その後で何かしらの対策を考える。
「下手な考え休むに似たり」「あわてる乞食はもらいが少ない」等の諺にもあるように、あまり焦らずじっくり構えることが必要なのでしょう。
いつまでも悪い波ばかりではありません。なんとかやり過ごせば、いい波が必ずやってきます。そのいい波を逃さず捕らえて、まさしく波に乗ること。そのために調子が出ない今は少し辛抱することだと考えた方が、うまくいくのではないでしょうか。
第35回 祭りのあと。(平成19年9月28日)
9月22日(土)、9月23日(日)の2日間、私の地元では谷保天満宮例大祭が行われました。 くにたちでは最も大きなお祭りで、今年は天候にも恵まれかなりの見物客で賑わいました。私も22日の土曜日に子供達を連れて谷保天満宮に行ってきましたが、間近で見る御輿に子供達は驚きながらも喜んで、御輿が行ってしまって後でもしばらく「ワッショイ、ワッショイ」と踊っていました。子供だけではなく、祭りは見物客がいつの間にか参加していて、いっしょになって楽しんでしまう。本当に祭りには不思議な魅力があると思います。
この谷保天満宮の例大祭を開催するに当たっては、その準備にやはり相当の労力が掛かるようです。私の友人・知人も多く参加していましたが、その人たちが準備に時間と体を使ってくれるからこそ、私たちは安心して楽しく祭りをみたり参加できたりするのだと思います。心から感謝させて頂きます。でも大変なのだろうけど何故か楽しそうに見えたりするのは、やっぱり彼らが「祭り好き」だからなんでしょうね・・・
私はある意味では経営と祭りは結構似ている面もある、と思っています。会社・事業所を経営していくうえで、「祭り」のノリが時としては必要な場合があるし、
祭りの準備してくれる人→得意先・仕入先
御輿の担ぎ手→従業員。
見物客→お客様
と置き換えてみれば、経営が祭りにもなります。
祭りの準備する人も、御輿の担ぎ手も、見物客もいっしょになって楽しんでこそ、祭りは大いに盛り上がります。経営も同じです。取引先・従業員・顧客みんなを巻き込んで楽しめる仕組み作りができれば、必ず成功するでしょう。それには経営者自身が経営(祭り)を心底楽しめるかどうか、です。祭りの主催者がつまらい素振りなんかしていたら、その祭りは絶対盛り上がらないし誰も参加してくれません。大変な時期もありますが、明るく元気に頑張っていれば、そのうちみんなが参加していっしょに盛り上げてくれるでしょう。
みなさんは、かりに今「自分の『祭り』をやるぞ!」と呼びかけた時、どれくらいの人が参加してくれると思いますか。
第34回 「1年後の自分」目指して(平成19年9月21日)
みなさんは、10年後の自分の姿を想像したことはありますか。「未来のことは全く分からない」と言って何も考えない人もいるかもしれませんが、大概の人は少しくらいは想像したりするでしょう。今よりも立派になっているだろうとか、または今より落ちぶれているんじゃないかとか・・・。想像することはするけれど、10年後の自分の姿を「こうありたい」と常に描き、その姿になるべく日々努力している人は滅多にいません。その努力を絶えず惜しまなくできる人が、「成功している人」と呼ばれているのでしょう。
いわゆる成功者の本を読んだり講演を聴いたりしても、成功の秘訣は「たゆまぬ努力をする」という結論になることが多いです。成功したければその通りにすればいいのでしょうけれど、それがなかなかできないから99%の人は日々悶々とし苦労を重ねているのです。私などはその最たるモノ。あれやこれや悩みっぱなしでなかなか前へ進めません。どうしたものか・・・とまたここで悩んでしまいます。。。
自分が成功者のマネをするにも、10年後というのは実際かなり遠い感じがするし、たゆまぬ努力にも自信がありません。なので、せめて5年後まずは1年後の「なりたい自分」をなんとなく想像して、そこに向かって少しは意識していけば今よりちょっとはマシな自分になっていける、そんな気がします。
経営計画を作ってみる時も、そんな感覚でいいような気がします。経営方針にしても予算にしても、最初からきちんとしたものを作ろうとするとかなりの労力を必要とします。「来年の今頃は、こんな会社にしたいなぁ」とか「売上もだいたいこれくらいにしたいなぁ」程度の考えで、経営計画作ってみる。そして毎日でなくても時折でいいから、その経営計画を意識してみる。そうすることによって、ほんの少しずつですが確実に経営はいい方向へ向かうはずです。
経営計画を作ってみようかなと決めたら、いますぐ始めた方がいいでしょう。来年からとか決算が終わってからだと確かにきりが良くやりやすいでしょうけど、今できないことがその時点でできる保証は何一つ無いし、結局「忙しいから」だとかなんだかんだと理由を付けて止めてしまう可能性が高いからです。体裁を考えない本当に簡単なものだったら、いつでもできます。
何かを、ひとつ、少し始めることによって、経営環境が劇的に変化する可能性は、あります。まぁ、あまり過度の期待は禁物ですが、「1年後の自社の姿」目指して頑張るのも悪いことではありません。
第33回 大丈夫ですから。(平成19年9月14日)
「私は大丈夫ですから。心配しなくて結構です」
「本当に大丈夫だろうな。今度何かあったら大変なことになるんだから」
「大丈夫ですって。何もないです。安心して下さい」
遠藤前農林水産大臣と安倍首相とのあいだにこんな会話があったかどうか分かりませんが、それに近い内容のやりとりはしていたはずです。にもかかわらず、補助金の不正受給がいとも簡単に発覚し、遠藤農相は辞任、結果として安倍首相は退陣し、政局は考えられない大混乱に陥ってしまいました。何故、遠藤農相は大丈夫だと考えたのでしょうか。補助金不正受給は会計検査院からの指摘なので、いつかは公表される事は誰でも分かるはず。それでも大丈夫だと思ったのでしょうか。
「自分だけは、大丈夫。」と錯覚してしまうことが、世の中にたくさんあります。いつまで経ってもなくならない飲酒運転などは、その最たるものでしょう。「酒飲んでいても酔ってないから大丈夫」「すぐ近くだから運転しても大丈夫」という安易な考えが、自分を含め周りの人を地獄に落とす可能性があることをつい忘れてしまう。飲酒運転による悲惨な事故をニュース等で知りながらも、それをあくまでも他人事としか捉えない思考による行動が、後々取り返しのつかない罰を受けることになるのです。
「これくらい税金をごまかしても大丈夫。あの人はもっと大きな金額を脱税しても見つかってないし。この程度の金額だったら平気でしょう」という声をたまに聞きます。 この思考は、飲酒運転をする人の思考と全く同じです。見つからないこともあるでしょうけど、それは「大丈夫」ではないのです。少しでも税金を意図的にごまかせば税法違反、少しでも飲酒して運転すれば道路交通法違反になります。税額の多寡・酒量の多少ではありません。そして「大丈夫」と思ってやった脱税・飲酒運転が発覚した時に初めて、「しまった、馬鹿なことをした」と反省することになるのです。
何かに違反する事に対する「大丈夫」の裏には、その数倍もの罰がある事を、いつも肝に銘じて行動しなければなりません。しかし現実は脱税事件・飲酒運転の事故が後を絶たたず、脱税・飲酒運転の思考を持っている人がまだ相当数いるのかと思い本当に悲しく感じます。私の周囲からだけでもそういう思考の人がいなくなる様、私ができることを少しずつでもしていきたいと思います。
私は、大丈夫ですから。
(最後はちょっとショートショート風に(^^;))
第32回 従業員は経営者の鏡(平成19年9月7日)
事業をする上での大切な要素として、昔から「人・モノ・金」の3つが挙げられていますが、最近ではこれに「情報」を加えて経営資源の四大要素と呼ばれています。どれも重要で、なかなか経営者の考え通りにならないものばかりですが、中でも「人」については本当に思うようにいきません。
モノ・金・情報は、それぞれにこちらの接し方に対して反応がある程度予想されます。「お金は、それを大事する人に集まる」とか「情報を活かすも殺すも本人次第」などと言われ、うまく付き合っていく仕組みが解れば意外と難しくなく接していくことができる様な気がします。しかし「人」は違います。思ったようなリアクションがなかったり、何を考えているのか分からなかったり。経営者の多くは従業員の事で悩んでいます。
経営者は従業員に期待するし、従業員も期待に応えようとする。当たり前のことですがここで経営者が考えなければいけないのは、「何をどの程度期待していいのか」ということです。
従業員に100%の仕事を期待するならば、その経営者は150%以上の事を言って聞かせて、やってみせないといけません。もしかりに100%の仕事を80%の事を伝えただけでできる従業員がいるとしたら、非常に有能な従業員ですが、残念ながら近い将来辞めることでしょう。そこの経営者よりも有能なのですから。経営者の器量以上の従業員が社内にいることはありません。従業員の方が経営者を見切って他社に移るか独立して自分で経営者になるかです。
『従業員は経営者の小さな鏡。従業員の行為や思考やクセは、実は経営者自身が普段行っていたり考えていること。そして経営者以上の仕事は絶対にできないので過度の期待は禁物である』
こう考えて少し楽な気持ちで従業員に接してみてはどうでしょうか。 楽な気持ちな経営者に接しられた従業員は、思わず期待以上の仕事をしてしまったりします。従業員だって1日24時間の半分近くを過ごす職場が居心地が良くなければ、普段の能力を発揮できないでしょう。
実は私も人の問題で悩んでいます。只今パート募集中なのですが、さっぱり応募がありません。経営者・仕事の環境に魅力がないからかな〜
第31回 続けるという強さ。(平成19年8月31日)
今年からホームページを立ち上げて、それと同時にこのコラムを始めました。途中3回ほど休んでしまいましたが、「毎週更新中!」なんてえらそうに謳ってしまったモノだから途中でやめる訳にもいかずに、とにかく思ったことを書き続けて、なんだかんだと今回で31回目になります。スラスラっと簡単に書いてしまう時もあるし、いつまでたっても言葉が浮かばず時間がかかって悩んだ時もあります。それもこれも勉強だ、と自分に言い聞かせ続けている次第です・・・
みなさんは、何でもいいから続けていることが何かありますか。食事とか入浴とかの当たり前の日常生活ではなくて、朝のジョギング・寝る前の読書などの別にやってもやらなくても生活する上でさほど影響のないようなもので、ただし好きな時にだけやるというのではなく、毎日・毎週・毎月なにがあっても必ずやっているモノです。このような「何でもないこと」をずっと続けていくことは、実は大変な労力が必要になります。「続けること」のモチベーションをキープすることが難しいからです。かりに続けなくても他人に迷惑かけるわけではないし、続けたからといって誰に誉められることはく何か利益があるわけではありません。人は弱く、どうしても自分には甘くなります。続けることが辛くなればやめたいと思い、やめても差し障りないと感じれば本当にやめてしまう。禁煙を決めた人がいつの間にかまたタバコを吸い始めるのと同じことです。
私は、何かを続けている人からある種の強さを感じることがあります。『継続は力』と言われますけど、本当にそう思います。いい時もイヤな時も、楽しい時も悲しい時も、いつも変わらず同じように続けていくことは簡単にはできないことですし、それができた時は自然と強さが身に付くのでしょう。前記のジョギングや読書の例にしても、最初は趣味と自己満足の行為です。でも「やめたい時もやめずに続けていること」でその人が自信を持つようになり、人として成長していくのだと思います。
8月も今日で終わりです。気象庁の3ヶ月予報なんかでは6月頃は「今年は冷夏です。」なんて言ってましたけど、ふたを開けてみれば酷暑日続出の暑い夏でした。9月に入って気分一新、このコラムも頑張ります!!
(自己満足でも面倒な時があっても、続けていれば、少しは成長できるかな・・・(^^;))
※今までのコラムは掲載場所を変更して、近日中に再アップします。
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